ニーハオ!高雄のゲストハウス『あひる家』です。
日本統治時代の遺構が数多く残る台湾・高雄。
空襲から戦闘機を護るために造られた「掩体壕」もその1つ。
台灣在住の史跡探検家・片倉佳史さんから
「掩体壕」が高雄国際空港の周辺に残っているという情報を得たので探して来ました。
目次
掩体壕とは
※高雄国際空港周辺に点在する掩体壕は主に戦闘機を守るための掩体壕と推測されている。
なぜ掩体壕が高雄国際空港周辺に点在するのか
台灣南部の空の玄関口となっている現在の高雄国際空港はかつて『小港飛行場』と呼ばれており、
日本統治時代に旧陸軍管轄の空港として使用されていた。
軍の施設であったため、当然アメリカを始めをとする連合国の標的にされ、
何度か空爆されている。
空港の滑走路が狙われるのが通常なので
爆撃機が来襲した際に戦闘機を隠し、空爆からその被害を逃れるための場所として
飛行場の周辺に掩体壕が造られた。
高雄国際空港周辺に現存する掩体壕
当時いくつの掩体壕が造られたのかは知る由もないのですが、
取り壊されずに残った掩体壕が現在も高雄国際空港周辺に点在しているのは驚きだ。
高雄国際空港周辺に掩体壕が現存していると聞いた時、
にわかに信じられませんでした。
だって、掩体壕は空港のすぐ側に造られているはずなんだけど、
高雄国際空港の周辺は住宅街で、掩体壕が今もあるとは思えなかったから。
家やマンションを建てる際にきっと掩体壕は取り壊されているはず…
実際に掩体壕を目で見た時は、そのシュールな構図に感動すら覚えました(笑)
現存する掩体壕の数
丸2日かけて調査し、苦労の結果、見つけられた掩体壕は5つ。
どれも家やマンションに囲まれ、住宅街の中に溶け込むような形で存在しておりました。
中には住居として使われているものや、もぬけの殻状態になっているもの、
それに残念なのですが、取り壊しが予定されているものもありました。
今回見つけることができた5つの掩体壕の写真を撮ってきたのでUPしておきます。
1つ目の掩体壕
ネット上にだいたいの位置も出ていたので、容易にみつかる。
所有者の住居に隣接しており、現在はキッチンスペースとして使用されていました・・・
2つ目の掩体壕
1つ目の掩体壕の近くにあり、現在は住居として使用されていました。
3つ目の掩体壕
少し前まで廟として使われていたらしく、現在は所有者不明。
今後、取り壊される可能性が高いそうです… by 地元の警察
4つ目の掩体壕
駐車場スペースの一角に放置された状態で残っていました。
以前、何かしらの形で使われていた形跡があるのですが、今はもぬけの殻状態で
いつ取り壊されてもおかしくないといった感じでした。 by あひる家の感想
5つ目の掩体壕
住居として使用されていました。
住人の人にこれは「掩体壕」ですよね?と聞くも「防空壕」だと否定される^^;
「掩体壕」も飛行機の防空壕みたいなものなので、
「飛行機の防空壕」だったんですよね?と聞くと
こんなところに「飛行機が入るわけない!」と一蹴される…
(面倒臭いやつだと思われ写真を撮らせてくれなくなるとマズイのでこれ以上は突っ込めませんでしたw)
「戦闘機」という中国語の単語が出てこなかった自分に反省w
おまけ:日本統治時代に使用されていた防空壕
3つ目の写真の警察とは別の管轄の警察署で聞いて案内された『掩体壕』…
ずばりここは『防空壕』!!
おまわりさんに騙された(笑)
でも、新たな歴史の遺構をみつけることができてラッキー♪
「掩体壕」探索後記
写真の1つ目と2つ目は目星をつけていたので
すぐに見つかったのですが、その後が絶望的に見つかりませんでした・・・
情報がほとんどない中、
とりあえす、高雄国際空港周辺に行って、
手当たり次第にその辺に住んでいる人達に『掩体壕』のありかを聞けば
すぐ見つかるとタカをくくっていたのですが、とんでもなく、
ビックリするくらい住人の人達が『掩体壕』の存在を知りませんでした。
普段、町をパトロールしているはずの警察も(ほとんど)知らないという始末。
何度、適当な場所を教えられたことか(笑)
結局、丸2日かけて5つほど見つけることができたわけですが、
その後、
(台湾の)ネットで調べてみたところ、紹介した5つ以外は出てこなかったので、
恐らく高雄国際空港周辺に現存する「掩体壕」は全て見つけられたのではないかと思います。
もし、新たな「掩体壕」が見つかったら、ブログ等でUPしたいと思います。
他の「掩体壕」を知っているという方がいらっしゃいましたら、ご一報いただけるとうれしいです。
地元住民にとっての『掩体壕』
日本統治時代『小港飛行場』と呼ばれていた高雄国際空港は
戦後、中華民国が接収し、空軍基地として利用され、
その後民間の空港になったという歴史があります。
取り壊されずに現存している事自体が奇跡的なことで、
地元住民にとっては使えるから使っているのであって、
『掩体壕』の本来の役割や歴史的価値というものは
特に意味を持たないもので、それがここにあるだけという存在なのかもしれません。
余談:山の中で仙人に出会う
「掩体壕」とは特に関係ないですが、
「掩体壕」を探して山奥に入ったところ、
仙人のような風貌をした人に威嚇され命からがら引き返したということがありました。
警察署で「掩体壕」の場所を知っているか聞き、
5つ目の「掩体壕」を見たというベテランの警察官に教えられた場所に向かう途中、
舗装されていない山道をバイクで走っていたところ
突然、目の前に髪がボサボサで髭をたくわえた老人が現れ
こちらを威嚇・・・
怒った様子で「戻れ」と叫ぶも
Uターンすらできない狭い小道。
仙人のちょっと先にはUターンができそうなスペースがあったので、
小便がチビリそうなくらいビビりながら、
「先のスペースでUターンしてもいいか」聞くと、無言・・・
どう考えても、そこでしかUターンできない状況下の中、
「先のスペースでUターンします!すぐこの場から去りますから」
と涙声で訴えても
無言・・・
激怒中の仙人が棲みついている山。
ここで想定される最悪の事態が発生した場合、
永遠に誰にも知られることなく私の亡骸はこの山の一部になるんだろうな
ということが頭をよぎりながらUターンすべく場所へ恐る恐る前進。
仙人は相変わらず、無言。無言どころか微動だにしない。そして、なぜか裸足。
(写真を撮る勇気がなかった自分を悔やむ)
バイクのタイヤが小枝や石の上を走る音だけが鳴り響く中、仙人の横を通過。
依然、無言・・・
Uターンできる場所にたどり着くと、そこにはなぜか「いす」!!
「くつ(下も)は履かない」のに「いす」には座るんかぃ!?
という突っ込みなんてできるわけなくUターン
仙人、引き続き無言・・・
無言というか、はじめて出くわした時のポーズのまま微動だにしないから後ろ向き
今がチャンス!!殺られる前に殺る!!
バイクで引いてみようかなと頭を横切った瞬間
Tシャツが裂け、露出した背中に萌えてしまい、断念。
仁王立ちし続ける仙人の横を通り、
命からがらその場を離れる…
結果、5つ目の写真の「掩体壕」は諦めたのですが、
その後、全然違う場所で5つ目の写真の「掩体壕」を発見・・・
もしかしたら、あそこで出会った仙人は
私のような興味本位で見に来る輩から
「掩体壕」を護っていただけなのかもしれません…