舊打狗鉄道故事館
あひる家

ニーハオ!高雄のゲストハウス『あひる家』で~す。

西子湾2番出口を出てすぐのところにある「舊打狗鐵路博物館」。
昔の高雄(港)駅の跡地である。

日本統治時代にできたこの駅舎、2008年にその役目を終え、現在は資料の展示館となっている。
この一帯、しいては高雄の発展に欠かせない鉄道の歴史をはじめ、
この地域がどのように発達していったかも知ることができる。

鉄道ファンはもちろん、歴史に興味がある方も楽しめる施設になっています。

館内の展示物

日本統治時代に建てられたこの駅舎、そして、戦後も物流の拠点として高雄の発展に大きく寄与してきた高雄(港)駅。 館内には日本統治時代当時に使われていた物を含め、2008年まで使用されたいたものが数多く展示してある。

鉄道部の木製の机

あひ郎
高雄港駅の業務用机として使われていたものなんだ。
あひ子
1945年の大空襲の時にも焼けずに残った物なのよ。
あひ郎
よく見て!右の方に「鉄道部」とロゴである「工」の烙印があるよ。

お釣り入れ

1銭 5銭 10銭硬貨をいれる小銭入れ

あひ子
日本時代の磁器でできているのよ。
あひ郎
下の方に台湾総督府鉄道部のロゴマーク「工」があるね!!

構内配線図

構内配線図

あひ子
両脇にカーテンがあるわね…
あひ郎
いいところに気がついたね。
あひ郎
高雄港駅は軍事要塞で駅は国防上重要な拠点だったんだよ。
あひ郎
構線図や運行表といったものは全て軍事機密扱いだったんだ。
あひ子
カーテンで隠してたってこと??
あひ郎
その通り!!ちなみに、当時は駅周辺での写真撮影も禁止されていたんだ。

硬券箱(切符入)

切符箱

あひ郎
(電子機器がない時代に)駅員が手で切符を売っていたころの切符をいれる箱だね。
あひ子
それぞれの駅から駅全ての通りの切符が用意されたのよ。
ダッチングマシン

ダッチングマシン

あひ郎
当時、このダッチングマシンで日付を印字していたんだって。
あひ郎
裏面には押し印と手書きで列車&座席番号を記入していたんだって。

荷物連絡表入れ

あひ郎
貨物運送会社ごとに別れている荷物連絡表を入れる棚と各社の商標だね。
あひ子
○で囲まれている商標が多いわね。
あひ郎
maru何々って呼ぶでしょ。この呼び方、戦後も引き継がれ、maru何々って呼ばれてたみたいなんだよ。
あひ子
台湾に残る日本語の一つね。

腕章

腕章

あひ郎
軍事要塞として機能を持っていた高雄港駅、空襲の際、駅周辺が通行禁止になったらしいんだけど、この腕章をつけている人のみその通行が許されたんだって。
あひ子
戦後のことね。
あひ郎
その他にも、業務上、線路などの立入禁止区域に入らなければならない際にもこの腕章をつけ入っていたとのこと。

タブレット

タブレット

あひ子
東部のとある駅でこのタブレットの輪を入れる土台を見たことあるわ。

鉄道員の制帽

帽子

あひ子
職務階級によって、黒帯、黄帯、赤帯、金帯に別れてたみたいなの。

プラットホーム他(館外)の見どころ

旧駅舎である館内の展示物を見た後は、プラットホームにも出て欲しい。
当時使われていたホームがそのまま残っており、その先の広場には当時使用されていた蒸気機関車も展示されている

低床式ホーム

あひ郎
当時のホームは低く造られていて、乗降口に階段(ステップ)が設けられていたんだ。
あひ子
このプラットホームは明治時代末期に造られていて、台湾で唯一保存されているのなのよ。

列車停止標識&縦貫線終着駅の距離標識

北信号扱所(信号操作塔)

北信号扱所

あひ郎
列車運行の制御の中枢を担っていこの信号取扱所。
元々、南北両方にあったんだけど、南棟はMRT建設工事に伴い撤去されちゃったんだよ。
あひ子
残念よね。この北棟は台湾で唯一完全な形で保存されている電気連動装置式信号扱所でとても貴重なの。

蒸気機関車

CT259
あひ郎
日本のC55にあたる型で、急行列車牽引専用機なんだ。
DT609
あひ郎
日本の9600にあたる型で貨物列車の牽引をしていたんだ。
あひ子
蒸気機関車は1979年に縦貫線の鉄道電気化に伴いその役目を終えちゃったの。

開館時間

開館時間
展示室及びプラットフォーム 火曜日~日曜日の10:00~18:00
鉄道資料室一般開放 土曜日の10:00~21:00
舊打狗驛のHPはこちら

舊打狗驛の歴史

実はこの一帯は埋立地

100年以上前のこと、この駅舎がある一帯は海の浅瀬だったのを埋め立てて港、ひいては駅舎を造った。

昔は「高雄駅」と呼んでいた時代もある

あひる家の近くに台鉄の「高雄駅」があるが、元々はこの駅舎が「高雄駅」という名前だった。
当時は旅客と貨物を同時に扱っていたのだが、1941年に高雄都市計画によって、
旅客業務と貨物業務が分けられることになり現在の「高雄駅」に旅客業務を移す運びとなった。

それに伴い、当駅舎の名前を「高雄駅」から「高雄港駅」に変更した。

貨物運送業務に特化した「高雄港駅」は24時間体制で稼働し、鉄道貨物輸送全盛期の1960年から1970年を経て、高雄経済ひいては台湾経済の発展に重要な役割を果たしてきた。


舊打狗驛の衰退

時代は残酷で、道路網が発達しその利便性が増すにつれ、鉄道での貨物輸送量は激減し、2008年(高雄市中心部路線地下化工事の開始に伴い)高雄港駅はその役目を終え、現在は当時の様子を紹介する資料館となっている。

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