あひる家

ニーハオ!高雄のゲストハウス『あひる家』で~す。

高雄北部に位置する岡山区に岡山公園という公園がある。

その岡山公園の敷地内に壽天宮という廟が建っているのだが、
そこに日本統治時代に存在した岡山神社の社殿があったと言われている。

岡山神社は戦後取り壊され、媽祖廟である壽天宮がその場所に建てられた。
その際になぜか岡山神社の狛犬は取り壊されずに壽天宮の廟前に置かれままになった。

また、岡山神社の参道に3基の鳥居があったのだが、
社殿から一番遠くにあった鳥居(一の鳥居)は公園の入口に門構えとしてそのまま残された…

他にも当時使われていた神輿や参道に続く石灯籠も残っているのでご紹介します。

岡山神社があった場所

高雄(駅)と台南(駅)の真ん中あたりに位置する台鉄「岡山駅」から
徒歩15分くらいのところに「岡山公園」という公園があるのですが、

その「岡山公園」がかつて「岡山神社」があったところで、
「岡山公園」内の「壽天宮」という廟があるところに「岡山神社」が建てられていました。

「岡山神社」は日本統治時代に皇民化教育の一貫として造られたと言われています。

皇民化教育
皇民化教育とは台湾人に対し皇室への忠誠及び同化を指導した政策で、(台灣では皇民化運動と呼ばれている。台灣を統治した当初、日本語教育の推進を図る一方で台灣古来の風俗習慣を尊重し、台湾人の生活や進行に関しては全面的な日本化を推し進めることはなかったのだが、)太平洋戦争勃発後、戦地へ台灣住民を動員するために官民一体となって「皇民化」運動を推進した。信仰に関しても日本の神道を根付かせるために定期的に神社に参拝するように強制したと言われている。

あひ郎
昔あった「岡山神社」が取り壊されて「壽天宮」が建てられたってこと

現存する「一の鳥居」

岡山公園に一際目立ってそびえ立つ朱塗りの鳥居は
当時、神社の社殿に続く参道に存在した3基の鳥居のうちの「一の鳥居」にあたります。

【昔の写真(coming soon)】【今の写真(coming soon)】

鳥居をくぐり「壽天宮」に向かう道は(古)地図と見比べると
当時の参道とその位置をほぼ同じくしているのもわかります。

鳥居のトリビア

3基のうち唯一残された「一の鳥居」なのですが、
実は「寿天宮」の牌坊として使用するため、上部の笠木が取り外され、見るも無残な姿になっておりました。

2013年の6月に岡山公園の改修工事が行われたのですが、それに伴い、
笠木部分を始め、鳥居を元の形に戻す工事が行われ現在の姿になっております。

※(相当前に撮った)改修前の鳥居の写真は見つかり次第UPしたいと思います。

岡山神社を守り続けていた狛犬

鳥居をくぐり、「壽天宮」にに辿り着くと、
廟の前にたたずむ一対の石獅子が目に飛び込んで来るのですが、
これこそが岡山神社時代当時、社殿の前に存在していた狛犬になります。

「社殿」が「廟」になった後も引き続き置かれた経緯は定かではないですが、
岡山神社時代の狛犬が現在も残っているのはなんとも不思議な感じがします。

あひ郎
今は媽祖様を守っているのでしょうか?

狛犬トリビア

岡山神社時代の狛犬は向き合う形で置かれており、
「壽天宮」ができた当初は「岡山神社」時代のようにお互いが向き合っていたようなのですが、
壽天宮の第8代目主任が鶴の一声(台灣の風習に従い正面を向いた方がいいということ)で、前に向けたらしいです・・・

あひ郎
ちなみに、この狛犬、保存状態が極めて良好なので、
修復したことがあるかどうかを廟の人に尋ねてみたところ
「ない」と一言で一蹴されました・・・

真偽のほどは定かではないですが、
日本統治時代から現代までの数十年間、変わらぬ姿で護り続けてきた狛犬をご覧くださいw

当時使われていたお神輿

狛犬を見たら、次は神輿をご覧ください。

本殿裏の「玉皇殿」と呼ばれるところに
岡山神社が存在していた頃に使われていたという
神輿が残っているんです。

あひ郎
岡山神社と同様に取り壊されるのを危惧した地元の人が長い間保管してくれていたようです。

神輿が置いてある「玉皇殿」までの行き方

「玉皇殿」は「壽天宮」の後方にある建物で
①廟の中を通り、②左手に「玉皇殿」に続く出入口があり、
③そこを出てまっすぐ行くと、④「玉皇殿」に辿り着くことができます。

「玉皇殿」正面右手に置かれている
日本統治時代の岡山神社時代のお神輿がこれ

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

「大」と「小」2つの神輿が残っており、
まばゆいばかりに金色に輝いております。

あひ郎
当時の神輿に台灣の人達が金箔を貼ったのではないかと思われますwきらびやか過ぎるという意見は置いておいて、こうして保存してくれていることに感謝です。

神輿の特徴

屋根の形状は「唐破風」で
屋根の上に「鳳凰」が装飾され、
屋根の下から「蕨手」が伸び、
四方に「鳥居」が置かれています。

もう一対の日本統治時代の狛犬

神輿を見終わったら、「壽天宮」の裏手にある「福德祠」という祠に向かってください。

この祠の前にも狛犬が置いてあるのだが、なんとこの狛犬、
日本統治時代に花蓮の花蓮港神社の本殿前に置いてあった狛犬であった可能性が非常に高いんです。

なぜ花蓮の狛犬が高雄にあるのか?

なんで花蓮にあった狛犬が、高雄の岡山にあるのかというと、

壽天宮の関係者が花蓮に行った時に、
とある市場で売られていたこの狛犬を見つけ、
それを買い取り、高雄の岡山まで持って帰ったようで、
後になって調べたところ、それが花蓮港神社の狛犬と形・大きさと一致したとのこと。

そして、その狛犬が福德祠の前に置かれているらしい…

あひ郎
台湾全土の神社が取壊されたように狛犬も破壊されるなら売ってしまおうと考える人がでてきても不思議ではないよね・・・

狛犬が置いてある「福德祠」までの行き方

「福德祠」は「玉皇殿」の更に奥にある祠で
神輿がおいてあるところの側の出口を出て「玉皇殿」の裏手に回ると「福德祠」があります。

岡山神社の参道両脇に置かれていた石灯籠

花蓮港神社の狛犬を見たら、そのまま廟の入口に戻るのだが、
その際、写真の建物(↑↑↑)の裏に注目して欲しい。

意識をしないと見落としがちなのですが、
無造作に置かれたこの石造りの物も日本統治時代のもので
岡山神社の参道両脇に置かれていた石灯籠になります。

その殆どの所在がわからないままではありますが、
唯一残っているこの石灯籠が壽天宮敷地内の建物脇に野ざらしに置かれています。

あひ郎
破壊されずに残っているのが奇跡的なんだけど、もう少しきちんと保管して欲しいと思ったりもするw

石灯籠の概要

石灯籠の火袋と中台だけが残っている。

 

石灯籠の基礎部分で「昭和12年(1937)岡山郡守飯島稔が奉獻した」と刻まれている。

参考資料
岡山壽天宮のHP

Wikipedia:岡山神社 (臺灣)

以上が日本統治時代に存在した岡山神社の遺構になるのですが、
日本統治時代の遺構巡りのついでに見ておいた方がいいものを以下にご紹介いたします。

ネジでできた媽祖様

「壽天宮」は媽祖廟なので当然媽祖様が祀られているのですが、
お神輿が置いてある「玉皇殿」になんとネジで造られた媽祖様が(置かれている)祀られている。

ネジで造られた媽祖様はおそらく後にも先にもこの「壽天宮」でしか見られないと思われます(笑)

あひ子
岡山はネジの製造でも有名な街なの。だからネジで造られた媽祖様がいらっしゃるのよ。

恋愛の神様「月下老君」

この媽祖廟、なんと恋愛で有名な「月下老君」も祀られていて、
恋愛成就の祈願に訪れるカップルが後を絶たないんだ。

岡山神社空撮映像

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